“飛ぶ鹿”

イタリア語でcervo volanteとは、直訳すれば、“飛ぶ鹿”。 転じて、“クワガタムシ”。
この「欧州」に生息するクワガタはミヤマクワガタLucanus という種をさす。

私は、数多くのミヤマ愛好家の大先輩にまぎれて、いまや自他共に認めるLucanus狂。

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幼少のころより日本のミヤマ
学名Lucanus maculifemoratus Motschulsky, 1861に恋い焦がれ、それがもはやワールドワイド・・・
ネット社会がそれを可能にしてくれたのである☆

今日は、欧州に広く分布しているLucanus cervus ヨーロッパミヤマクワガタに関してあれこれと語ってみようと思う。


d0126520_671316.jpgLucanus cervusをめぐる歴史は古い。
中世の写本にもその姿が描かれたりしていることから分かるように、古くから認識されていた小動物だったのである。
図は、ルネサンス期を代表する画家アルブレヒト・デューラーが描いたとされるものだ。


時は、1758年。
最初に、著名な博物学者リンネが、この欧州に生息する“クワガタムシ”を「記載」した。
Lucanus cervus (Linnaeus, 1758)
その後、Scopoli氏が、1763年に、Lucanusというクワガタの「種」を定め、現在の分類の基礎をつくった。
Lucanus Scopoli, 1763

この北半球の温帯に広く分布するこのLucanus属、その種類は現在100を超えるとみられている。
そのうちのひとつ、日本のミヤマクワガタは、
Lucanus maculifemoratus Motschulsky, 1861 ヨーロッパミヤマのおよそ100年後に記載された。

こうした記載の経緯など詳細については、すぐれた邦語文献がある。
林長閑 『ミヤマクワガタ:日本の昆虫⑧』,文一総合出版,1987
子供向けの本のような見かけにだまされることなかれ。
りっぱなミヤマクワガタについての国内唯一の超一級研究書である。                           
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さて、このLucanusという種は、欧州から小アジアまでの広範の地域に分布しており、とてもヒトにとって身近な、いわばポピュラーな種。

この種の歴史は、その数多くの>名前 もとい、 学名に表れているといえよう。

     ⇒ 学名リスト 参照。

身近にいて目を引くかたちの虫、しかも同じ種類(と思われる)虫に、
数多くの名前が付けられた事実は、名づける学者や愛好家たちの感覚的なものの違いがおおきく作用しているのかもしれない。

つまり、その人が、何人か?どこの国の人か?

言語や民族が違えば文化も異なるように、
同じものを見ても、同じ感想を持つとは限らない。

たとえば、日本人の風流を解する感覚が、一部の外国人には伝わりにくい、といったそんなかんじ。
こうしたことが、さまざまな文化圏に広範囲に分布するLucanus cervusを分類することの困難さにつながっているように感じる。


しかし、一方で思うことは、
昔の人は現代人よりも、しっかりと自然を見極めるまなざしを持っていたのではないかということ。

個人的に同じ種類に見えても、感覚的に、ニュアンスレベルで違うな~と思うことがままあるのだが、
実際、そんな違いによって、ちゃんと異なる種として分類・記載されていることも多いのである。

また、学術的な命名権から、同種と思われるものに付けられてしまった(ダブった)学名が、シノニムsyn. として、整理・格下げとなる例が多い。

研究リストでまとめられた新しい名前のほとんどがシノニムとされてしまうことが多いのは、よく過去の研究を証左せずに記載してしまうという側面がある。

みな、「新種発見!」と我先に自分の名前を残したくなるからにちがいないのだが。。。

詳しくは【命名権】を参照されたい。

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さて、話を戻そう。
研究者の感覚的な問題以上に、学術的に歴史ある種であるがための問題もある。

それは、記載の際に得られた個体の標本「Type標本」をめぐる問題だ。

「Type標本」は、博物館に収められるのが、学術的慣例である。

しかし、記載から長い年月も経っていることに加え、
19、20世紀世界大戦を経た混乱の中で、博物館などに所蔵されていた標本は、焼失、あるいはどこかに持ち去られてしまったのか、そのほとんどが行方不明だ。

したがって、種を調べるために
「type標本」と、手持ちのサンプルとを、比較・照合することは現在不可能となっているのである。

---補足説明
同一種でも場所が変わると変異を生じるのであり、その変異が種(sp. )の範囲を超えないとき、つまり、同一種ではあるけれども微妙に異なった特徴が認められる場合、それを亜種(ssp. )としている。
したがって、手元の標本について疑問があるときには、博物館に永久保存されている「Type標本」を調査する必要があるというわけだ。


ということで、Lucanus cervusの類の種類の特定のためには、古い学術論文に記された記載文を参照するほかに術はないのである。

そこで、記載文に記された記載名、そして若干の形態説明産地記述、及び挿絵を参照して、手元の標本の種を特定しなければならない。

これほど困難なことはない。

第一、「挿絵」に関してば、それと瓜二つのような個体を探すほうが困難といえよう。

現代の脳科学において、人間の脳は、対象の特徴を誇張して描く傾向があることは実証済みである。
その挿絵に表された特徴が、分類の決め手となるようなポジティブな面もあろうが、
やはり実物比較にくらべ、信頼性がだいぶちがってくることは間違いない。

まして、形態的に違いがいまいちはっきりしないが、何かが違う!と思わせる、同定が困難な個体が数多くい存在するLucanusなら、なおさらのことなのである。
                          
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このようなLucanus cervusが抱える課題に対して、
DNA分析をはじめとする世界で最も進んだ日本の昆虫研究の手法で、欧州のLucanusに臨むことは、有益であろう。

益虫や害虫研究のように実利に基づいた営利活動にはなりえない、完全に趣味的探求となるだろうが、新発見が100%期待できるだろう。
以上を鑑みて、一度、ゼロから再構築すべきと、個人的に考えている。
by Ginettino | 2007-09-14 23:28 | 日々戯言 | Comments(0)

れんの博物学ライフの覚書スペース“オペ-ルカ”. 主としてミヤマクワガタ Lucanus [Coleoptera, Lucanidae]に関することをあれこれつづってゆきます。「ミヤマは数見なきゃ語れない」


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